礎(中)

385『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:17:08 ID:0d..PXhI0
『礎(中)』

 その日の夕食は宴会料理のお裾分けらしく、とても豪華だった。
紅白の厚切り蒲鉾。マグロとハマフエフキとソデイカのお造り三種盛り。
そして根菜と豚肉と昆布の煮込み、これがまた滅茶苦茶に美味い。
きゅっと結んだ昆布は柔らかく、豚肉はまるで角煮のお化けみたいに大きい。
白味噌(?)の味噌汁にはお椀からはみ出しそうな白身魚の切り身。
みんなでワイワイ言いながら食べていると、たか子さんがやってきた。
「これ、差し入れです。どうぞ、Rさんに。」 「有難う御座います。」 泡盛の、一升瓶。
Sさんがすぐに水割りを作ってくれた。氷の音が涼しく響く。
波照間という島の酒らしい。泡盛だけど微かにウイスキーみたいな風味、美味い酒だ。
美味しい料理に美味しいお酒。 こんな幸せで良いのか?俺、見学してただけなのに。
Sさんと姫はニコニコしながらどんどん水割りを作る。俺はどんどん食べて、飲む。
酒は好きだが、弱いし量を飲める質ではない。
意識が飛ぶのに、それほど時間はかからなかったと思う。

386『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:18:19 ID:0d..PXhI0
 「Rさん、起きて下さい。祭事のお手伝いはこれからですよ。Rさん。」
畳間で爆睡していたらしい。上体を起こし両手で顔をゴシゴシ擦る。まだ、酔いが。
「済みません。飲み過ぎました。」
「大丈夫です。お酒を飲むのもお手伝いの内ですから。すぐにシャワーを使って下さいね。」
??どういうことだ。それに、もう今日の祭事は終わった筈ではなかったのか。
シャワーから出ると多少頭がスッキリしたが、やはり酔いは残っている。
廊下の時計は9時前、夕食を食べ始めてまだ2時間弱。これじゃどうしたって酔いは醒めない。
畳間に戻るとSさんと姫、そしてたか子さんがいた。翠と藍は並べた座布団の上で寝ている。
「R君此処へ座って。たか子さんがお面を着けてくれるから。そのあと着物に着替えてね。」
「あの、何で僕がお面と着物を?」 姫が笑いをかみ殺している。
「マレビトは普通男性です。私たちの中でこの役目を担えるのはRさんだけですよ。」
Sさんと姫ではなく、俺が、マレビト?

387『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:20:01 ID:0d..PXhI0
 お面を着け終わるとたか子さんは玄関から出て行った。
木製の、口から下だけ残して顔を覆う面。かなり厚みがあるが、
目の部分に大きな穴が開いているので視界はまあまあ。微かに、潮の匂い。
マレビトは時折その地を訪れ恵みをもたらす存在と考えられている。それに倣う儀式なのか。
例えばナマハゲ。沖縄ならもっと南の島のパーントゥのような?
白い着物に着替えながらSさんに尋ねた。
「家々の祓いは終わってますよね?これから何か祝いの品物を配って廻るんですか?」
「R君、あまり時間がないから一度で憶えてね。この祭事の流れ。」 「はい、何とか。」
これからあなたはこの集落の聖地である御嶽(ウタキ)に行くの。
其処で集落の祖霊神からセジを授かる。その後ある場所に瑞紀ちゃんを訪ねて。」
「ちょっと待って下さい。」 Sさんは人差し指で俺の唇を押さえた。
「セジは霊力のことよ。祖霊神に代わってそれを瑞紀ちゃんに授けるのがあなたの役目。
その場所で瑞紀ちゃんからお餅とお酒を勧められるから、あなたは黙ってそれを全部頂く。
それから瑞紀ちゃんの着替えと身支度を手伝って、それが済んだらこの祭事は終了。
さあ、行きましょ。きっと皆が、もう待ってる。じゃL、翠と藍をお願いね。」
「任せて下さい。」 Sさんは翠と藍の頭を軽く撫でてから立ち上がった。
『きっと皆が』って。一体誰が?

388『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:22:29 ID:0d..PXhI0
 門を潜って通りに出る。何だ、これは!?
集落中の人が集まったのかという程沢山の人が、俺を見つめていた。
老若男女、皆笑顔を浮かべ、その目がキラキラと光っている。辺りに満ちる熱気。
たか子さんが大声で何事か口上を述べると大きな拍手が起きた。
たか子さんに手を引かれて歩く。通りを山の方向へ、そしてすぐ角を曲がった。
そしてもう一度角を...これではノロクモイの家に戻る方向じゃないか?
満月が明るい。たか子さんは懐中電灯を持っているが点灯はしていない。
何時の間に先回りしたのか、Sさんが途中で合流した。
Sさんも懐中電灯を持っているが、やはり点灯していない。
2・3分程歩いただろうか、少し開けた場所に出た。そこから更に急な坂道を上る。
坂道を上り切ると、正面に大きな岩が見えた。
「あの岩の前で一礼、跪いたら目を伏せる。後は私に任せて、鍵を掛けちゃ駄目よ。」
言われるままに歩を進め、岩の前で一礼、跪いて目を伏せた。
「この集落を開いた方々の御魂、祖霊神様に申し上げます。」
Sさんの澄んだ声。3度繰り返して呼びかける。
「私は大和の国◎◆の巫女、S。訳あってノロクモイの代理を務めます。
皆様方に御伝えするのはノロクモイから託された言葉。どうぞお聞き下さい。
この度、60年ぶりにノロの後継者が現れました。ノロクモイの孫娘、瑞紀。
どうかその娘にセジを授け、ノロの正当な後継者と認めて下さいますように。」
その言葉を2度繰り返した時、空気が、変わった。

389『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:24:12 ID:0d..PXhI0
 すぐ目の前の大きな岩、そのまわりに複数の気配を感じる。
ザワザワと何事か話し合うような声、それは次第に大きくなった。
いや、声ではない。流れ込んで来る何かの意識が、俺の中で言葉に再構成されている。
「瑞紀...本当なら目出度いことだ。早速セジを授けてやろう。」
「しかし我らには体が、どうやって。」 「体が無ければ此処からは出られない。」
「どうか御静まり下さい。」 Sさんの声が響く。
「ここに皆様方の代として、大和の国から来た旅人を連れて参りました。
どうかこの者の体を使い、存分にお働き下さいますように。」
直後、酷い目眩と吐き気。必死で堪える。
「さあ、娘のいる場所へ御案内致します。」 Sさんが俺の手を取った。何とか立ち上がる。

390『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:26:42 ID:0d..PXhI0
 ゆっくりと歩き出した。違和感。何かが俺の体に重なるように、俺と一緒に歩いている。
まるで二人三脚をしているようで動きがぎこちない。足がもつれて転びそうだ。
漸く坂道を降りると、小さな灯籠が地面に並んでいるのが見えた。さっき、こんなものは。
「娘は、あの小屋の中で御座います。どうぞ。」
灯籠の列の奥に小さな小屋。ゆっくりと近づき、入り口の戸を叩く。すぐに戸が開いた。
「お待ちしておりました。どうぞ。」 草履を脱ぎ、小屋に入る。壁に蝋燭の灯。
畳張りの床に三方が3つ。1つ目には銚子と杯。紙皿の上に小さく切った餅。
2つ目にはピシッと畳まれた白い着物と帯。
3つ目には勾玉の付いた首飾りと鮮やかに彩色された大きな鳥の羽根。
「どうぞ、これを。」 差し出された三方の前に座る。餅を食べ、杯に注がれた酒を飲み干した。
「私にノロの資格があるかどうか、どうぞ御検め下さい。」 娘が立ち上がる。
するすると音を立てて帯を解いた。脱いだ着物を軽く畳んで足元に置く。一糸まとわぬ裸身。
俺が立ち上がると、娘は目を閉じた。蝋燭の灯りがゆらゆらと、娘の肌を照らしている。

391『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:28:32 ID:0d..PXhI0
 俺の両手がひとりでに動いて娘の髪を撫でた、そして頬と首。
肩から両腕、両手から腰へ、ゆっくり、そっと撫でていく。
我々の血を引く子孫。美しい娘。 愛しい。心の底から温かい思いが湧き上がる。
回り込んで背後から娘を抱いた。娘の体が小さく震える。
大丈夫。セジを受け容れる器を持ち、そして、健やかな子を産む娘だ。
「お前には資格がある。セジを授けよう。」
三方の着物を取り、娘に着せた。帯を締め、鉢巻きを巻く。
勾玉の首飾りをかけ、最後に鉢巻きと髪の間に鳥の羽を挿してやる。
本当に、愛しい娘。そして、将来ノロを継ぎ、この土地を護る者。
「これで良い。さあ、外へ。」 娘を促して戸を開けた。
いつの間にか、娘の草履が用意されている。
娘の後に小屋を出た。酷い目眩、思わず膝を着いた。
「首尾は上々。御苦労様、大丈夫?」 お面が外され、視界が広がる。
この女性は? ああ、Sさんだ。 俺は今まで何を?
Sさんの手を借りて立ち上がる。体は軽くなっているが、まだ彼方此方に違和感。
たか子さんの後に続いて歩く、瑞紀ちゃんの後ろ姿が見えた。

392『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:29:58 ID:0d..PXhI0
 たか子さんと瑞紀ちゃんの後を追わず、Sさんはすぐに脇道へ入った。
「何処へ行くんですか?」 「裏口からノロクモイの家に。先回りするの。」
Sさんを追って早足で歩く。大丈夫、体の感覚はほとんど元通り。
裏口から台所に入った所で歓声が聞こえた。集落の人々がノロの後継者を迎えたのだろう。
Sさんが面を箱に納め、姫が翠を揺り起こしていると、玄関にたか子さんの姿。
その後から瑞紀ちゃん。見違えるような、神々しい表情。台所を抜けて奥の部屋へ。
「正式な後継者として認められたって、ノロクモイに報告するんですね?」
「報告して、名前を授けてもらうの。ノロとしての新しい名前。
それで瑞紀ちゃんは正統な後継者として、今後もノロとしての修行を続ける。」
「ねむ〜い。おねえちゃん、これからどこか行くの?」
「瑞紀ちゃんが大切なお仕事をするんだって。翠ちゃんも見たいでしょ?」
「みずきちゃんが?それなら見たい。」
「あの、まだお手伝いする祭事が残ってるんですか?」
「これからはお手伝いじゃなくて報酬。今日の夕方までの祭事は毎年行うもの。
さっきの祭事はノロの後継者が現れた時だけ行われるもの。
12年に一度の祭事はこれからよ。見学できるのはノロクモイから特別な許可を得た者だけ。
見学して、その場の気に浸るのはきっと翠と藍のためになる。」

393『礎(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/15(金) 23:31:59 ID:0d..PXhI0
 程なく瑞紀ちゃんが台所を抜けて玄関に向かった。
その後に続いてたか子さん。大きな紙袋を持っている。俺たちに軽く会釈をして玄関へ。
「さあ、行くわよ。この集落を護る力の秘密、見せてもらいましょう。」
Sさんは藍を抱いて立ち上がった。姫が続く、俺も翠を抱いて後を追った。
門をくぐって通りへ出る。驚いた。さっきまでの賑やかさが嘘のように、人の姿が全く見えない。
静かだ。締め切った雨戸やカーテン。人々は恐らく家の中で息を潜めている。
「この集落に住む人々の『信じる心』が、祭事を今も生かしている。羨ましいですね。」
「それはノロクモイの力が、住む人々の心を正しく導いているからこそ。持ちつ持たれつ、ね。」
藍を抱いたSさんと姫の会話。翠はまだ眠そうだ。腕の中の感触が柔らかくて頼りない。
20m程の距離を保って瑞紀ちゃんとたか子さんの後を追った。

『礎(中)』 了

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