礎(結)

417『礎(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/19(火) 00:50:18 ID:h8QhofLM0
『礎(結)』

 「お父さん、お父さん。」
背後から心細げな声。翠?寂しい夢でも見て目が覚めたのか。殆ど条件反射で寝返りを打つ。
左腕で腕枕、右腕でそっと抱きしめて背中を...大きい、誰?
さらさらとした長い髪、薔薇の花の香り。これは。
心臓の鼓動が一気に高鳴る。冷や汗。まさか、瑞紀ちゃん?
薄目を開けると、笑いを堪えて小さく震える背中...ああ、悪戯、か。
確かに聞こえた『お父さん』という台詞。なら首謀者は恐らくSさんだ。
すっ、と心が冷静になり、心臓の鼓動も収まっていく。
昨夜Sさんは『御両親の許しが出たんだから今夜から寝室は一緒で良いわね。』と。
これ以上俺を玩具にする人が増えたら堪らない。首謀者のSさんが止めに入る事は
ないだろう。多分共犯者の姫も。此処はしっかり反撃しておかないと後々困る。
右手に力を込め、その体を強く抱きしめてその動きを封じた。
「あれ?翠は急に大きくなったね。お父さん嬉しいな〜。」 頬にそっとキス。
瑞紀ちゃんの体が小さく震える。 「Rさん、駄目。」 少し掠れた声。
「どうして?翠はお父さんのこと大好きでしょ?」
「お父さん?」 思わす飛び起きる。 恐る恐る振り向くと、翠が立っていた。

418『礎(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/19(火) 00:51:19 ID:h8QhofLM0
 「どうしてみどりとみずきちゃんをまちがうの?」
「あれ、瑞紀は此処に?お父さん寝惚けてたのかな?でないと間違うはず無いよね。」
硬直する俺の傍をすり抜けた瑞紀ちゃんが翠を抱き上げる。
「私が夢を見て『お父さん』って言ったの。それで。Rさんは翠ちゃんが大好きだから、ね?」
「みずきちゃんもお父さんも、ねぼけてゆめを見たの?」 「そう、だから。」
「な〜んだ。お父さんがみずきちゃんにいじわるしてたんじゃないんだね。」 満足そうな笑顔。
「あさごはんできたって、お母さんが。今日は水族館だよ、ヤンバルクイナも。」
「お布団片付けたら直ぐ行くから、待っててね。」 「うん。」 遠ざかる。軽い足音。
「Rさん、不意打ちは禁止。」 「瑞紀ちゃんこそ、あんな悪戯はなし。反則だよ。」
一度だけ、お互いの頬にキスをしてから、2人で布団を片付けた。

419『礎(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/19(火) 02:50:53 ID:h8QhofLM0
 「R君。あの人達、朝、名護のコンビニで見かけたような気がするんだけど。」
ロードレーサー(※競技用の自転車)に乗った一団が急な山道を駆け上っていく。
ユニフォームらしい青基調のジャージの列に、ちらほらと別のジャージが混じる。
水族館を見学し、其処のカフェで食事を済ませた後で山道をドライブ中。
勿論ドライブの目的はヤンバルクイナだが、時折見かけるのはロードレーサーの集団ばかり。
「はい。確か沖縄では有名なチームですよ。前に雑誌で読んだ覚えがあります。よっ、と。」
見通しの良い右カーブから直線にかけてアクセルを踏み、一気に集団を追い抜いた。
「11月に国内最大規模のレースがありますから、そろそろ本格的な練習の時期でしょうね。」
「こんな山道でレースをするんですか?自転車で?」
「はい、210kmと140kmは間違いなく国内の市民レースの最高峰ですよ。」
バックミラーに映る姫の笑顔。 助手席のSさんは溜息をついた。
「わざわざこんな山道でレース。しかも210kmとか140km?不思議な人たちね。
まるで故郷を目指して急流を遡る鮭の群れ。でも、それらは人の形をしてる。
それだけで充分にUMAだわ。ヤンバルクイナより個体数は多いみたいだけど。」
「あ、Rさん、あれ!」 姫の隣で藍を抱いていた瑞紀ちゃんが突然左前方を指さした。
...間違いない。パンフレットの写真の通りだ。ヤンバルクイナ。しかも、2羽。
すぐに車を路肩に停めた。思っていたより大きな身体。連れ立って道路を横切っていく。
「かわいい〜。お父さん、あれヤンバルクイナでしょ?」 「間違いないと思う。」
それは俺たちにとってリアルUMAとの出会い。沖縄旅行の大事な思い出がまた1つ。

420『礎(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/08/19(火) 02:52:58 ID:h8QhofLM0
 「もう!翠は置いていくわよ。空港に行く時間なのに、間に合わないじゃないの。」
玄関から、Sさんの優しい声。翠はまだ姫と一緒にリビングの飾り付けをしている。
今日は12月23日だが、クリスマスの準備ではない(一応クリスマスパーティーもするが)。
それは、年末からお正月にかけて、お屋敷で過ごす瑞紀ちゃんの歓迎パーティーの準備。
旧暦の正月が来年1月の後半。瑞紀ちゃんの旅行は集落の祭事に影響しない。
既にSさんは幾つかの祭事に瑞紀ちゃんを同席させると決めていたから、好都合。
「お母さん、まって。今行くから。」 廊下を走る軽い足音。
「気を付けて下さいね。」 姫は笑顔で手を振り、玄関で二人を見送った。
もうすぐ妊娠6ヶ月に入る姫は大事を取って留守番。俺は姫の付き添い+藍の子守。
「やっぱりお迎えに行った方が。瑞紀ちゃん、少しでも早くRさんに会いたい筈なのに。」
「瑞紀ちゃんが『迎えに来なくて良いからLさんと一緒に居て下さい。』って。
Lさんの事が心配なんですよ。その気持ちが、嬉しいですよね。」
「じゃあ、瑞紀ちゃんとSさんの気持ちに甘えて、暫くの間だけRさんを独り占めですね。」
暫くの間って、6月中旬から夜はずっと一緒に居る訳だが。まあ、『気分』って事で。
「藍が妬いちゃうかも。Lさん大好きだから。」 「ふふ、ちょっとだけ我慢、してもらいます。」
そっと姫の肩を抱いた。家族がそれぞれに過ごす、とても幸せな午後。その後の時間。
それらはきっと、それぞれの魂の旅路を支える、夢の礎。

『礎』 完

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