禁呪(下)

318『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:26:28 ID:YR/48AOI0
『禁呪(下)』

 『師走の怪事!?親子3人行方不明』
地元ではメジャーな新聞の縮刷版で、その記事はあっさりと見つかった。
個人病院を営んでいる医師とその妻、大学生の息子が行方不明だという記事。
半月程の間は細々と続報が載っているが、捜査が進展したという情報はない。
その後の新聞には事件に関する記事は見つからなかった。迷宮入りということだろう。
タケノブさんと、その父母。
何処からか術者を呼び、父母の内どちらかが身代わりになったのか。
いや、3人とも行方不明のままということは...
父母のうちどちらか1人が術者で、残り1人が身代わり。
しかし術は失敗し、術者も力尽きたと考えるのが筋だろう。
52年前に行われた反魂の術、その結果出現した不思議な幽霊。
帰りの車の中。お屋敷に着くまで、俺の心はもやもやと曇ったままだった。

319『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:27:57 ID:YR/48AOI0
 「多分あなたの予想通り。榊さんに調べてもらったけど、やっぱり未解決のままだった。」 
Sさんの寝室。就寝前の一時、Sさんと2人並んでソファに腰掛けていた。
藍はベビーベッドの中で寝息を立てている。翠はLさんの寝室。もう、2人とも寝ている頃。
『細かい事情を知りすぎて、もし態度に出たらタケノブさんが不審に思うから。』という
Sさんの判断と姫自身の希望もあり、今後の調査はSさんと俺が担当することになっていた。
「やっぱり行くんですか?予想通りなら確実に死体がありますよ。気が進みません。」
「52年も前だから、きっと白骨化してるわね。それより気がかりなのは白骨化してない方。」
「タケノブさんの体ですか?」
「そう、いつまでも腐敗せずに残っている体は、『器』になる可能性がある。」
「『器』って、入れ物のことですよね?」
「そう、何か悪しきモノがその中に入り込むかもしれない。
体を欲しがっているモノはいくらもいるから。」
「契約した精霊がそれを守ってくれるんじゃないですか?」
「精霊は体の準備を調えるだけ、その後体を守るとしたら別の契約が必要になる。」
「悪しきモノが入り込まないような対策を取る必要があるってことですね。」
「そう。それに、ちょっと確かめたいこともあるし。」

320『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:31:24 ID:YR/48AOI0
 「ええと、これこれ。こっちが門扉の鍵、こっちが玄関の鍵です。
定期的に草刈りはしてますが、マムシやなんかいるかもしれません。気を付けて下さい。」
武信医院の建物は52年前から空き家となり、現在は親戚から委託された不動産屋が
敷地と建物を管理している。Sさんが榊さんに頼んで話を付けて貰ったらしい。
『ある事件の犯人が○×市周辺に逃げ込んだ形跡がある。
空き家に潜伏している可能性があるから捜索させて欲しい。』という設定だった。
Sさんは車で待っている。綺麗な女性を連れた若い刑事なんて誰も信用しないだろう。
鍵を渡してくれたのは人の良さそうな初老の女性。 鍵を受け取って俺は頭を下げた
「有難う御座います。夕方までには鍵をお返しします。」
「ああ、急がなくて良いですよ。持ち主は売りたがってるけど、今の景気じゃ、
こんな寂れた街の土地を買おうなんて酔狂な人はいませんからね。しかも建物は曰く付き。」
「曰く付き?」 女性は露骨に『しまった』という顔をして、慌てて言葉を継いだ。
「あ、いや。その、前にも警察があの建物を捜索した事があって。」
「へえ、それどのくらい前のことですか?」
ホッとした表情。52年前の事件に触れずに済みそうだと思って安心したのだろう。
「私が此処に採用されてすぐだったから、もう30年くらい前ですよ。
その時も凶悪犯が隣の県からこの辺りに逃げ込んだかも知れないって話でした。
それで、2日かけて彼方此方調べたけど何にも分からなかったそうです。
あなたくらいの若い巡査で、『下っ端なんでこんな仕事ばっかりですよ。』って笑ってました。」
30年前...それ、何処かで。
「あの、どうかしましたか?」 「いいえ、何でもありません。有難う御座いました。」
もう一度頭を頭を下げて事務所を出た。

321『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:35:32 ID:YR/48AOI0
 地図を頼りに車を走らせ、10分程でその建物を見つけた。路肩に車を停める。
「何故わざわざ街の外れに病院を建てたのかと思っていたら、この辺りは龍穴なのね。
それほど力の強い龍穴ではないけど、住むにはとても良い場所なのに。」
建物の背後に拡がる森、その向こうに連なる山々が見える。あれが、龍脈。
長い歴史を持つその街は、新幹線や高速道路の整備から取り残され、
ここ20年程ですっかり寂れてしまったと聞いた。
「人間の経済活動は、龍穴の力も及ばない程の力を持ってしまったんですね。」
「じゃ、行きましょう。頼りにしてるわよ。」 「荷物持ちなら、任せて下さい。」 「馬鹿。」

322『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:37:01 ID:YR/48AOI0
 その建物は金網のフェンスで囲まれていた。これは管理の為に取り付けたものだろう。
その内側にコンクリートの低い壁。立派な門柱の看板に『武信医院 内科・小児科』の文字。
朽ち果てたのか、もとの門扉はなくなっていた。門を入ると結構広い庭、
その中を抜ける、ひび割れたコンクリートの小道。建物の玄関に繋がっている。
定期的に草刈りをしているからだろう。 フェンスの門扉、錠前はそれほど錆びていない。
2人で門扉をくぐる。白骨死体と対面するなんて気が進まないが、まあ仕方がない。
「事件の直後、当然警察は此処をしっかり捜索した筈です。ホントに此処ですか?」
「探し方が悪いとは言わないけど、何処にあるか分からないものを探すのと、
それがある場所の見当を付けてから探すのとでは雲泥の差がある。」
Sさんは小道の途中で立ち止まった。建物の中、じゃないのか?
「やっぱり有った。ほら、あれ。術者と医者を兼ねるなら、
それぞれの仕事場を分けるのは当たり前だもの。」
小道からさらに枝分かれする細い道。その先に小さな祠。
Sさんは祠に向かって歩き始めた。慌てて後を追う。

323『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:38:57 ID:YR/48AOI0
 5m四方程のコンクリートの土台。その上には更に木の土台、これは2m四方程。
湿気抜きの為か、コンクリートの土台と木の土台の間には5mm程の隙間が有った。
赤い彩色が残る木製の祠。 個人の庭の祠にしては念の入った作りだ。
Sさんは暫く祠とその周りを調べていたが、やがて祠の裏側から手招きをした。
「こんな所に、どう見ても変よね?」
それは金属製の取っ手。50cm程の間隔をおいて2個。多分真鍮、頑丈そうだ。
「何でこんな所に取っ手が?」 「押すか、引くか、どっちかに決まってる。ね、お願い。」
コンクリートの土台に片膝を付き、まずは引いてみる。
...動かない。全体が少し揺れるような感触はあるが動くとは思えない。それならあとは。
両膝を付き、徐々に力を込めながら押す。 突然、感触が変わった。
僅かだが、確かに木の土台がずれている。 もう一度、力を込める
低く唸るような音を立てて、あっけなく土台は動いた。 隠し扉と、それを挟む2本の浅い溝。
確かその溝は祠の正面にも続いていた。参道を示すしきりだと思っていたのだが。
動きの軽さからして、木の土台の下にはベアリング付きの大きな車輪が設置されている筈。
木の土台の下だから直接風雨に曝されない。単純だが優れた工夫だ。
Sさんは黙って隠し扉を見つめた。少し、目を細める。
「扉の周りに強力な結界が張ってある。かなり力のある術者だったのね。じゃ、扉を開けて。」
「大丈夫なんですか?」 「邪心の無い者には関係ない。開けて頂戴。」
Sさんは俺が持ってきたスポーツバッグの中から懐中電灯と蛍光灯式のランタンを取り出した。
「多分階段、灯りはこれで十分。さ、行きましょう。」

324『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:42:14 ID:YR/48AOI0
 扉を開けて中を覗く。1m50cm程の四角い穴。壁の一方に頑丈な梯子が組んである。
梯子を使って穴の底に降りる。Sさんの予想通り、其処から階段が伸びていた。
懐中電灯で照らしながら慎重に降りる。ランタンを持ったSさんが後に続く。
強い腐臭を覚悟していたのだが、カビ臭ささえ感じない。
微かに風が吹く。ヒンヤリと冷たい、乾いた風。奥に通風口が有るのだろう。
3m程降りただろうか。階段は終わり、開けた場所に出た。コンクリートの床だ。 これは。
男物の靴と女物のサンダル。綺麗に揃って並んでいる。
靴とサンダルの少し先、10cmほどの段差があり、其処からは板張りの床になっていた。
ゆっくりと懐中電灯を前に向ける。 襖だ。無地の、黄ばんだ襖が4枚。ピタリと閉じている。
Sさんが横に並び、ランタンの灯りも加わった。かなり、明るい。
これなら部屋の中の様子も良く見えるだろう。 つまり、いよいよご対面だ。
靴を脱いで床に上がり、襖の前に正座して一礼。 Sさんは床に立ったまま深く頭を下げた。
Sさんが俺を見て小さく頷く。それを確認した後、片膝をついて襖の引き手に右手をかけた。
するすると、思っていたより滑らかに、襖は開く。50年の歳月は感じられない。
Sさんがランタンを掲げる、その表情が変わった。
「これ、どういう事?」
恐る恐る向き直って襖の中に視線を移す。

325『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:45:56 ID:YR/48AOI0
 畳の上に大きな白い布が一枚、丁度横になった大人2人分程の膨らみを覆っている。
Sさんは畳に膝を着き、そっと白い布を捲った。ミイラのように乾涸らびた左手。
薬指に細い金色の指輪。恐らく女性の手だ。つまりタケノブさんの母親、その隣は父親だろう。
「身代わりになったのは母親。だから術者は父親ね。」
白い布を元に戻し、Sさんは立ち上がった。更に奥へ進む。もう一枚の白い布。
一瞬、微かな視線を感じた。横の壁の辺り? しかし棚のようなものが見えるだけだ。
「見て。」 振り向くと、半分程捲れた白い布、そして。
白い布団に横たわる裸身の若い男性。 その、上半身。
Sさんの隣りに膝を着く。蒼白だが、穏やかな顔。間違いない。あの、タケノブさんだ。
確かに、全く腐敗している様子はない。肌にも張りがある。
しかし、違う。 まるで大理石の彫像のような冷たい雰囲気。
「凄い。間違いなく、史上最も完全な永久死体だわ。」
でも、これは...いや、あの冷たい雰囲気。
どれ程完全であろうと、魂を失った体はやはり死体なのだ。
「家の敷地内、まさに死亡直後に術を使える最高の条件。だからこの状態は理解出来る。
でも、分からないのはこれ。」 Sさんは死体の傍らから何かを拾い上げた。
「本物は初めて見たけど、これはあの術を使う時に必要な祭具。
入り口の結界からしても、かなり力のある術者。これを使ったのに、何故失敗したのかしら。」

326『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:47:03 ID:YR/48AOI0
 Sさんは祭具を死体の傍らに置き、白い布を元に戻して立ち上がった。
更に歩を進め、ランタンを奥の壁に...壁が、ない。 ただ、深い闇が拡がっている。
「龍穴に存在する洞窟は、それ自体が特別な力を持つ。だから古来、それは異世界への、
あの世への通路だと考えられてきた。死者を蘇らせるとしたら、これ程相応しい場所はない。」
立ち上がり、Sさんの左隣りに立つ。 深い。懐中電灯の光も、その底に届かない。
この洞窟は一体何処まで続いているのか。
「黄泉比良坂。」
「そう、それもこんな洞窟の1つ。多分この家系は代々この洞窟を守り、その力を借りて
ひっそりと術を伝えてきたのね。洞窟の力と、この冷たく乾いた風のお陰で
タケノブさんの両親の遺体も腐敗を免れた。本人達がそれを願っていたかどうかは別だけど。」

327『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:47:52 ID:YR/48AOI0
 微かな、視線。
そっと囁く。 「Sさん。」 「何?」
「Sさんの右側、壁の方から視線を感じます。気を付けて下さい。」
Sさんは壁に歩み寄ってランタンを掲げた。色々な物が整然と並ぶ棚の様子が見える。
「大丈夫なんですか?」 立ち上がり、懐中電灯を持ってSさんの横に並ぶ。
Sさんの左掌、緑色の人型が載っていた。 半透明の深い緑、やや厚みがある。 翡翠?
「それは?」
「代よ。結界を抜けて入ってきた悪しきモノを始末するために配置されたのね。」
どういう事だ? タケノブさんの父親がこれを配置したなら...
敢えてタケノブさんの魂を体に戻さず、タケノブさんの体を守るための代を配置したことになる。
でも、一体何の為に? それなら何故、タケノブさんの父親の遺体が此処に?
「ふふふ。」 Sさんが、笑っていた。
笑い続ける。この部屋では不謹慎なのではと思う程、本当に可笑しそうだ。
「どうしたんです。何がそんなに可笑しいんですか?」
「これは、父が作った代よ。多分扉の周りの結界も。」
「え?当主様が?」

328『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:49:10 ID:YR/48AOI0
 「タケノブさんの2人目の話し相手、○▲。 それは即位する前の、父の名字。
父と母が出会ったのはあの大学だと聞いていたから、もしかしたらと思ってたの。」
Sさんが言った『確かめたいこと』とは、そういう意味だったのか。
「約30年前。あの幽霊に会って、話をして、当然父も不思議に思った。
そして散々考えた挙げ句、私たちと同じ結論に達した。だから。」
!! 30年程前に此処を捜索した若い巡査とは...
「まずは此処の状態を確かめて、必要な物を確認。そして次の日、必要な物を用意して
もう一度此処を訪れた。2体のミイラを供養して安置し、代を配置するために。」
もしも当主様が此処を訪れていなかったら、きっと此処の情景は...酷い目眩がした。
Sさんは緑色の人型を元の場所に戻して微笑んだ。
「さあ、出ましょう。この代は当分有効だし、私たちに出来る事は残っていない。」
『出来る事は残っていない。』って、そんな。
「あの、Sさん。」 「何?」
「Sさんなら、タケノブさんの魂をあの体に戻せるんじゃないですか?」
「死後49日を過ぎて、死者の魂が幽霊に変化してしまったらそれは不可能。
それで?見ず知らずの幽霊の為に寿命を削るなんて、まさか本気じゃ無いわよね?」
「あ、いや、聞いてみただけですよ。」 「そういう事に、しといてあげる。」
Sさんが階段を上り始めた。 息を吐き、そっと汗を拭う。 危うくとんでもない自爆を。
世界で最も奇妙な墓への出入り口。その階段は、降りてきた時よりも短く感じた。

329『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:51:06 ID:YR/48AOI0
 傾いた日差しの中、お屋敷に向かって車を走らせる。
Sさんは助手席で窓の外を眺めていた。横顔を見る限り、機嫌は悪くない。大丈夫。
「聞きたいことが有るんですが。」 「なあに?」
「どうしてタケノブさんの御両親はあの術を知っていたんでしょうね。門外不出なのに。」
「一族内紛の時代、力を封印して野に下った術者も多い。中には昔を懐かしんで、
その術について語った人がいたかも知れない。勿論詳細はぼかし、フェイクも交えて。」
「でも、それを聞いた相手が術者だったら。」
「そういうこと。フェイクを取り除き、自分で集めた資料と付き合わせれば、あるいは。」
その話を聞いたのが、タケノブさんの父親だった可能性も当然有る。
「タケノブさんの心臓が悪いことは小さい頃から分かってた。
だから御両親はその日に備えて準備をしていた筈。
ありとあらゆる情報を集め、いざとなった時の手順はどうするのか。
誰が身代わりで誰が術を使うのか。何度も何度も話し合って決めていたのね。
家族と離れて隣の県で生活出来る程度には丈夫になったけど、準備は怠らなかった。
帰省してきた息子が倒れた時、慌てず迅速に対応出来たのはそのため。
そうでなければ、短時間で心を決めるなんて出来る事じゃない。
それに、躊躇して時間が経てば経つ程、術の成功率は落ちていく。」

330『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:54:45 ID:YR/48AOI0
 「成る程、納得です。もう1つの質問も、良いですか?」
「質問の仕方が少し気に入らないけど、良いわ。答えてあげる。」
「あの術には特殊な祭具が必要。あの場所にあったのが、その祭具ですよね?」
「そう。」
「確かに特殊な祭具でした。でも、神の血を封じた宝玉とは格が違う。
あの祭具なら、人の力だけで作れる。そんな気がしました。」
「流石ね。その通り、あれを作れる術者は今でも何人かいるはず。」
「それならあの祭具を手に入れるのは不可能じゃありません。
あの祭具があって、そして術師に生き残る気がないのなら、
Sさん程の力がなくても、術を完成させる事が出来る。そうですよね?」
「その通り。術者が死ぬ気なら、ある程度の力があれば完成出来る。例えば、あなたにも。」
「我が子を蘇生させるためなら自分の命を捧げても構わないという親は幾らでもいるでしょう。
例えば両親があの祭具を手に入れて、共に命を捧げればあの術が完成する。
それなら、一族には、あの術で実際に蘇生した人が何人かいるんじゃないですか?」

331『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:55:55 ID:YR/48AOI0
 「あの術は『禁呪の中の禁呪』、そう言ったでしょ?」
「はい。文字通り命と魂を操作する術ですから、それは当然のことで。」
「端から自分の命を捧げるつもりなら、寿命を削られる事なんて関係ない。
この術が禁呪なのは、もう1つのペナルティーがあるからよ。」
ざわ、と、首筋の毛が逆立った。 何だ? この、嫌な予感は?
「そのペナルティーって、何ですか?」
「この術を使って蘇生した者の魂は、死後、中有へ入れない。
永久にこの世を彷徨って、最悪なら悪霊に変化する可能性さえ有る。
ね、それを知っていても、例えば私が死んだ時にあなたはその術を使える?」
使えない。使える筈がない。Sさんの魂が悪霊に変化するなんて、想像することさえ。
「私も使えない。呼び戻してそんな宿命を負わせる位なら、泣いて冥福を祈る方がずっと良い。」
寒気が治まらない。少し震える左手で、ヒーターの温度と風量を少し上げた。

332『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 21:58:47 ID:YR/48AOI0
 「この術に必要な、特殊な祭具の話を聞いた時、それは『白の宝玉』かと思いました。」
Sさんは窓を開け、吹き込む風に髪を掻き上げた。 「車を停めて。あの、広くなった路肩へ。」
車を停めると、Sさんは助手席から身を乗り出して俺の唇にキスをした。長く、熱いキス。
それから俺の左手を両手で挟み、俺の肩に頭を預けた。 温かい。 寒気は治まっていた。
「相手が本当に大切な人であればあるほど、あの術を使える筈がない。
だから、私もLも、あの術は使えない。」
「じゃあ、どうしてタケノブさんの両親はあの術を?」
「そのペナルティーがあると、知らなかった。だからこそあの術を使い、そして失敗した。
私はそう信じたい。おそらく精霊との契約を終えた後、父親の体に何か異変が起きた。
心臓、かもね。心臓疾患は遺伝することがあるから。」
「『信じたい』って、別の可能性もあるということですか?」
「知っていて、どうしても死なせたくない事情が有ったのかも。
彼は一人っ子。 古い家系、どうしても絶やす訳にいかないなら、
何より大事なのはタケノブさんが生き延びて子を作ること。
タケノブさんの魂は一族を存続させるための犠。」
そんな、馬鹿な。

333『禁呪(下)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/07/07(月) 22:13:36 ID:YR/48AOI0
 「ただ、話を聞いた限りでは、タケノブさんは父親が術者である事を知らない。
知っていたら、真っ先に自分の状態と父親が術者であることの関連を考えた筈。
あの術を使ってでも生き残って欲しいなら、そもそも隣の県での進学なんて許すはずが無い。
其処で倒れたら、絶対に間に合わない。そして、タケノブさんは医学部でもない。」
「タケノブさんに最大限の自由を与え、その上で術を使う機会があるなら、それが天命だと?」
「そう。両親はタケノブさんを術者としての跡継ぎにも、医者としての跡継ぎにも
する気が無かった。術者も医者も自分たちの時代で絶える、それで良い。
タケノブさんには何の柵もなく新しい人生を生きて欲しいと考えていたんだと思う。
でも、私たちがどんなに考えたって真実は闇の中。
今を生きている者は、自分の信じたい方を信じれば良い。」
自分の信じたい方を、そうか。タケノブさんには、自分の状態を選ぶ自由すら無い。
「そうですね。タケノブさんの両親はこの術のペナルティーを知らなかった。そう、信じます。
それに、今考えれば、術は失敗したけれど、結局成功するよりも良い結果になったんです。」
「どういうこと?」 Sさんは真っ直ぐに俺の目を見つめた。 視線が、眩しい。
「だってタケノブさんは今年で70歳。蘇生していたとしても、そろそろ寿命が尽きる歳。
成功していても、失敗した今の有り様も、永遠に彷徨うことは変わらない。
それなら、自我を保てない状態より、自我を保てる今の状態はずっとマシです。」
「...そうね。本当に、あなたの言う通り。」

『禁呪(下)』 了

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