贐(結)

246『贐(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:19:22 ID:fXUecUhQ0
『贐(結)』

 昼寝から覚めて時計を見ると窓の外は既に暗くなっていた。もう7時過ぎだ。
着替えて顔を洗い、飛びついてきた翠を抱きしめる。温かい、命の感触。
「夕食、出来てますよ。」 姫がダイニングから顔を出した。

247『贐(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:26:12 ID:fXUecUhQ0
 「スカウトの件、上手くいきそう?」
ダイニングで食器を洗っていると、Sさんがハイボールのグラスを持って来てくれた。
姫はリビングで翠と藍の相手をしてくれているのだろう。
「う〜ん、五分五分、ですかね。心が決まったら電話して下さいって言っておきました。」
「美人で、頭も良い。あなたへの信頼と依存も深かった。今朝、ソファに押し倒しちゃえば
スカウト成功確実だったのに、変な所で律儀なんだから。ホント難儀な性格よね。」
Sさんお得意の憎まれ口には慣れている。
彼女と兄の関係を知ってから、彼女と接する時、俺はいつも彼女の弟の立場を意識した。
あくまで模擬、それでも異性の友人や姉弟同士、体の繋がりのない絆を実感することが、
彼女が生まれ変わるには是非必要だと思ったからだ。
そしてそれは、Sさんも同じ意見だったのに。つまり俺の心を読むのが怖いから、
鎌をかけて俺の口から聞きたいってこと。全く、難儀な性格はどっちなんだか。

248『贐(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:28:13 ID:fXUecUhQ0
 「彼女が泣き止むまで、ずっと肩を抱いて背中をさすってました。それだけです。
まさか外法に手を染めた術者と同じ事をしても良いなんて、まさか本気じゃありませんよね?」
Sさんは両手で俺の頬を挟み、唇にキスをした。
「冗談よ、怒らないで。愛する夫が綺麗な女性の部屋にお泊まり。
しかも帰ってきたのはお昼前。ちょっと位、愚痴を言っても良いでしょ。機嫌直して、ね。」
小さく溜息をつく。やっぱり心にもないことを。
「怒ってなんかいませんよ。それよりスカウトの件、どうなったんですか?」
「心当たりに電話したら、乗り気だった。スカウトが失敗して断るのが怖いくらい。」
「もう、おとうさん!あらいもの、まだおわらないの?」
頬を大きく膨らませた翠の後ろで、姫が笑いを堪えている。
「あ、御免。もうすぐ終わるから、それから一緒に絵本読もうね。」

249『贐(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:28:57 ID:fXUecUhQ0
 数日後、夕方5時過ぎに市内の総合病院を訪ねた。
ロビーを見回す。その女の子は、すぐに分かった。ベンチに座り、外を見ている。
誰かを待っているような、何かを怖れているような、寂しげな表情。 胸が、痛い。
ゆっくりと歩み寄り、その子の隣に座った。怪訝そうに俺を見た女の子に声を掛ける。
「君は○村佳奈子ちゃん、でしょ? お誕生日、御目出度う。」 女の子は目を丸くした。
「どうして私の名前を?それに、誕生日も?」 背中を丸めて、女の子と視線を合わせた。
「僕は魔法使いなんだよ。君のお父さんの古い友達で、だから仕事を頼まれたんだ。」
「でも、私のお父さんは。」
「9年前、お父さんが亡くなる前に約束した。とても大事な約束。
「どんな、約束?」 声を潜め、女の子の耳に囁く。
「君には、邪悪な妖怪が取り憑いてる。その妖怪は、君の大事な人に化けて君の命を狙う。
しかも、君が成長するにつれて妖怪の力も強くなる。このままだと君はいつか妖怪に。
それで、君を護ってくれって頼まれた。今日が、その約束を果たす日だ。」
「大事な人に化けるって...お母さんとか?」
やはり、この子は自分を襲ったモノを見ている。まるで母親そのものの、式の姿。
自分を襲ったのが、大好きな母親だと信じたくない。
それで、子供心に必死で自分の記憶を。だから3度とも怪我の原因は不明。
「油断させて、襲うんだ。ほら、その足の怪我にも妖怪の気配が残ってる。
原因の分からない怪我をするのはこれが初めてじゃないよね?」
女の子の表情が、突然ぱっと明るくなった。
「うん、3回目。でも、私の怪我は悪い妖怪のせいだったんだね。」

250『贐(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:29:37 ID:fXUecUhQ0
 「そう。だから、これを持ってきた。これ以上無い、強力な御守り。」
女の子の視線を十分引きつけて、それをポケットから取り出した。
銀のハートを、細いプラチナのチェーンに通したネックレス。
「ほら、綺麗でしょ?これをあげる。そしたら、もう二度と邪悪な妖怪は君に手を出せない。」 「でも、そんな綺麗なもの貰ったら、きっとお母さんが。」
「大丈夫、お母さんにはこう言えばいい。
『この御守りはお父さんのお友達だった魔法使いから貰った』、
そして、『ずっとこれが私を護ってくれるって言ってた。』って。ちゃんと言える?」
女の子は大きく頷いた。
「じゃ、かけてあげよう。お父さんとお母さんの想い、大事にするんだよ。」
白く、細い首の後ろで留め金を留めた。ゆっくりと、立ち上がる。
「良く似合う、これで大丈夫。僕はもう行くよ。次の仕事が、あるからね。」
「あの、名前。お兄さんの名前を、お母さんに。」
「R。それで、分かるよ。さようなら。」
「さようなら。」

251『贐(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:30:12 ID:fXUecUhQ0
 それから三ヶ月程が過ぎ、お屋敷の周りには秋の気配が漂っていた。
榊さんに依頼された仕事を終え、お屋敷に戻ると玄関先に見慣れた軽トラ。 『藤◇』の文字。
「あざっした〜。」 配達の人の元気な声。すれ違いながら声を掛ける。「いつも御苦労様。」
ドアを開けた。 何だ、これは?
差し渡し1m近い舟盛りが二艘。豪華な寿司とお造り。そして紅白の紙で包まれた日本酒。
「おかえり〜。おとうさん、こんやはごちそうだよ。」 翠と、その後ろにSさんと姫の笑顔。
「これ、みどりの。きれいでしょ?」 「美味しそうだね。全部食べられるかな?」 「うん!」
翠が持っている折り箱には色とりどりの小さな手鞠寿司。 藤◇の大将の、心遣いだろう。
「もう少し早かったら、電話で話せたのに。残念ですね。」
「あの、今日って何かの記念日でしたっけ?全然、憶えてなくて。」
姫とSさんは顔を見合わせて微笑んだ。 「結納のお祝いよ。美枝子さんから『弟君』に。」
美枝子...あの女性の、結納?
「相手は私の従兄。彼女より2つ年下で、きっとお似合いだと思ってたの。」

252『贐(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/06/10(火) 22:31:36 ID:fXUecUhQ0
 彼女を引き受けたのがSさんの叔母夫婦だという話は聞いていた。
『お似合いだと思ってた』ということは、最初からこれも狙いの1つだった訳だ。
「式は来月、是非家族みんなで出席して欲しいそうです。電話、かけ直しましょうか?」
「あの、娘さん、加奈子ちゃんは?」
「叔母と従兄が加奈子ちゃんをすごく気に入ってて、加奈子ちゃんも懐いてるみたい。」
それなら、心配ない。安心したら腹が...空腹で倒れそうだ。
「もう、式には出席するって返事したんですよね?」 Sさんと姫は声を合わせた。 「勿論!」
「じゃ、まずはその御馳走を。もう、お腹ペコペコで。電話はその後に。」
「了解です。それにしても、Rさんて。」
「え?」 姫が真っ直ぐ俺を見つめている。
「最近、何だかとても頼もしい感じで、素敵です。」 「あ、そ、そうですか。え〜っと。」
「何赤くなってるのよ。全く、デレデレしちゃって見てられないわね。」

『贐』 完

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