道標(中

161『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:19:37 ID:LBhz3as60
『道標(中)』

 その占いハウスは繁華街の裏通りにあった。
自動ドアをくぐると左側に受付。建物の奥に向かって廊下が伸びている。
廊下の両側には色とりどりのドアが並んでいた。あれがそれぞれの占い師の部屋だろう。
「あの、11時に予約したLとRですが。」
「はい、ノロタンさんの予約ですね。料金は前払いでお願いします。」
時間外の予約は結構あるのか、受付の女性はにこやかに対応してくれた。
「ノロタンさんは『青の部屋』です。部屋の中に入ったら座ってお待ち下さい。
ノロタンさんが声を掛けるまで黙っていて下さいね。」
「本当に、相談の内容を当てるんですか?」
「はい、相談したお客さんは皆そう言います。評判良いですよ。では、どうぞ奥へ。」
廊下を進むと右側の一番奥に青いドアが見えた。突然姫が立ち止まる。
「どうしたんですか?」
「残念ながら、本物です。念のため『鍵』を掛けて下さい。」

162『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:20:36 ID:LBhz3as60
 ドアをノックする。 「どうぞ。」 若い女性の声。
ドアを開けると手前にイスが2つ、テーブル、奥にイスがもう1つ。
奥のイスの向こうは水色のカーテンで仕切られている。その向こうで人の気配。
「最初に相談の内容を見ます。座って待ってて下さい。」
姫と並んでイスに座る。安っぽいアルミのパイプイス。
テーブルの上には小さな籐のカゴ、中には沢山のカードとボールペンが一本。
姫がカードを一枚取り、左手の人差し指を唇にあてたまま俺の前に置いた。
若い女性の写真、電話番号、メールアドレス。 筆記体の太文字。 『Norotan』 これは。
あの時、少女が俺の胸ポケットに押し込んだカードだ。
なら、カーテンの向こうにいる占い師というのは。

163『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:21:54 ID:LBhz3as60
 「おかしい、何にも見えない。こんなの初めて、何かの悪戯?」
カーテンが開いた。
「あ、あの時のお兄さん。」 「君だったのか。」
相変わらず派手目の化粧。私服だと、とても高校生には見えない。
少女は俺をじっと見つめた。あの時より、ずっと強い力を感じる。
「ふーん、心を読まれないように出来るんだ。お兄さんも私の同類ってことね。
そっか、沖縄にいるなら本土にカミンチュがいてもおかしくないよね。」
少女は姫をチラリと見て、俺に視線を戻した。テーブルの向こうのイスに座る。
「これが奥さん?綺麗な人、若いし。で、要件は何?
心を読まれないようにしてるんだから、何かを占って欲しい訳じゃないんでしょ。」
「1つは君の力が本物かどうか確かめること。」
「本物。お兄さん達が私と同類なら、もう分かってるはず。」
「もう1つは君が組織に属しているかどうか確かめること。」
「組織...もしかして私の事スカウトに来たの?考えても良いな。ギャラ次第だけど。
客取られた古株達がウザくて、最近ここ居づらいから。やっぱり占いの仕事?」
「あのさ、こんな事に力を使ってるとまずいことになるよ。
君を信じた誰かが、とんでもない相談を持ち込むかも知れないだろ。」
「ホントに危ない相談なら逃げれば良い。部屋の奥に非常口あるし。」

164『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:25:48 ID:LBhz3as60
 「力を持つ者は、力をコントロールする方法を身につけなければならない。
でも、あなたにはその気がない。」
ゾッとするような冷たい声だ。姫のこんなに厳しい表情は初めて見る。
「他人に対して力を使う者は、その結果に責任を持たなければならない。
でも、あなたにはその覚悟がない。」
少女は驚いたような顔をしたが、すぐに皮肉な笑みを浮かべた。
「若いのに、言ってることがおばあさんみたい。
1回20分の占い。そんなんで力をコントロールする必要なんて、ある訳ない。」
「使い始めて1年くらいの間は、使えば使うだけ力が少しずつ強くなる。
1回20分、それで1日何人の相手してるの?週4日、予約が取れないほどの回数。
それだけのトレーニングをしたら、ここで占いを始めた時より、
今はもっと、ずっとハッキリ見えるようになってるはず。そうでしょ?」
少女の顔に微かな怯えが見えた。
「そりゃ前より楽に見えるようにはなったけど、それが。」
姫はポーチの中から白い小さな袋を取り出して少女の前に置いた。
「強い力には色々なものが寄って来る。夜、灯りに集まる虫たちのように。
おかしな事が起こったら、この袋の中身を部屋の四隅に置いて。それと。」
カゴからボールペンを取り出し、さっきのカードに数字を書き込む。
「どうにもならないと思ったら、此処に電話して。私の携帯。」
カードを白い袋の隣に置いて立ち上がり、そのまま部屋から出て行く。俺も立ち上がった。
「何なの、あの人。」 少女の顔は青ざめていた。
「陰陽師、超一流の。怒らせると、とても、怖い人だ。それから君。
目上の人と話す時は、もう少し言葉遣いに気を付けた方が良いよ。」

165『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:27:01 ID:LBhz3as60
 姫は黙ったまま川沿いの歩道を歩いている。その横顔は未だ冷く強張っていた。
「機嫌、悪そうですね。」
「何だか、とても腹が立ちます。力を、あんな風に。」
姫がこれほどストレートに怒りを表すのは見たことがない。
姫の経験した境遇、いつも正面から自分の力と向き合って来た姿勢を考えれば、
力を玩具のように考える少女が腹立たしいのも無理はない。けれども。
「僕は、自分がとても恵まれているんだなって実感しました。」
「何故、ですか?」
「もし母が僕の感覚を封じてくれなかったら、SさんやLさんに会えなかったら、
僕自身があんな風に力を玩具にしてたかも知れないって、そう思ったんです。」
「それで自分が恵まれている、と?」
「そう。逆にあの子はとても不運ですよね。力と向き合う心構えや
力をコントロールする方法を未だ教えてもらっていないんですから。
それに、きっと親身になって生活態度を注意してくれる人もいないんだと思います。」
姫は歩きながら左手を俺の右腕にからめた。
「私とRさんに会ったのはあの子にとって幸運の始まりかもしれない。
怒らないで、そう考えた良いということですね?」
「怒った顔も綺麗ですが、やっぱり僕は笑ってるLさんが好きですから。」
「...私も、Rさんのこと、大好きです。」 姫の頬はほんのりと紅に染まっている。美しい。
駐車場で車に乗り込んだ時には、姫はいつもの笑顔に戻っていた。

166『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:28:44 ID:LBhz3as60
 単独での初仕事を終え、榊さんの運転で病院から戻る途中、見覚えのある道を通った。
榊さんが良く使うという川沿いの抜け道、それはあの占いハウスのある通りだった。
占いハウスが見えてくる。入り口で2人の男性が言い争っているようだ。
「榊さん。ちょっと、あの占いハウスの前で止めて下さい。」
「良いけど、R君はあの占いハウスを知ってるのかい?」 「はい、別件で。」
路肩に車を停め、窓を開ける。男の怒声が聞こえた。
「こっちはちゃんと予約したんだ。ふざけんな。」
「ですから、ノロタンさんは病気で休んでるんです。
治って戻りましたらこちらから連絡しますので、今日はどうかお引き取り下さい。」
「今日じゃないと困るって言ってるだろうが。じゃ、ソイツの家を教えろ。」
榊さんが車のドアを開けた。
「○中、久し振りだな。揉め事か?何だ、相談に乗ってやるよ。」
「あ、榊さん。揉め事じゃないです。今帰るところで。じゃ、失礼します。」
男は慌てた様子で路肩に停めた車に乗り込んだ。俺も車を降りる。

167『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:30:24 ID:LBhz3as60
 「ありがとうございました。お陰で助かりました。」
グレーのスーツの男性が榊さんに深々と頭を下げた。受付の責任者だろう。
「さっき、ノロタンさんは病気で休んでると仰いましたか?
僕も一週間くらい前に相談に来たんですけど。」
「はい、病気というか、昨日から無断で休んでます。ケイタイでも連絡がつかなくて。
ノロタンさんは毎日予約が一杯なので本当に困ってるんですよ。」
「さっきの男もノロタンさんの予約をしてたんですね?」
「今朝、電話で事情をお話したんですが...」
榊さんが警察手帳を取り出した。
「◇山組には話をしておく。もし何かあったら■○署に電話してくれ。
『分署の榊に繋いでくれ』と言えば分かる。」
男性は驚いた顔をして、もう一度頭を下げた。
◇山組は最近台頭してきた怖い団体だ。
御陰神様の一件で、その中枢が本部事務所ごと壊滅した○◇会に代わり
勢力を伸ばしていると聞いていた。
「R君、まだ用があるかい?」 「いいえ、ありません。ありがとう御座いました。」
「じゃ、戻ろう。そろそろクーラーが恋しい。」
見送る男性を残し、榊さんと俺は車に乗り込んだ。
「ふ〜、生き返った。R君、分署に戻ったら一杯、どうだ?」
ビールではない。榊さんご自慢の水出しコーヒーのお誘いだ。
「頂きます。2杯、良いですか?」 「おお、良いとも。」

168『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:33:00 ID:LBhz3as60
 『昨日から無断で休み』、『ケイタイでも連絡が取れない』...
榊さんの分署からお屋敷へ向かう途中も、あの男性の声がずっと耳を離れない。
○中という男の動きは榊さんが抑えてくれたが、
欠勤が長びけば、他にも厄介な客が出てくるかもしれない。
これまで占ってきた客、少女の力に引き寄せられるもの、トラブルの種は幾らもありそうだ。
初めての仕事で感覚を最大限に拡張した名残なのか、どうにも嫌な予感が消えない。
お屋敷へ着くとすぐに姫が玄関から出てきた。手を振っている。
車を降りると翠を抱いたSさんも玄関先に立っていた。
「おかえりなさい。初めてのお仕事ご苦労さま。首尾はどうだったの?」
「とにかく全力でやりました。分かったことは榊さんに伝えましたが
上手くいったかどうかは今後の捜査を見てみないと、何とも。」
「じゃ、みんなで夕食にしましょう。Rさん、沢山食べて回復しないと。
美味しいもの、いっぱい作ったんですよ。あ、その前にシャワーが良いですか?」
夕食を食べ終わり、キッチンで食器を洗っていると、リビングで俺のケイタイが鳴った。
「榊さんかも。代わりに出て下さい。」
風呂上がりの姫がキッチンにケイタイを持ってきてくれた。
「榊さんじゃないみたいです。」
画面に表示された『非通知』の文字、嫌な予感がした。

169『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:35:13 ID:LBhz3as60
 「もしもし。」 受話器の向こうで息を呑む気配。しばらくして小さな声。
「あの、私、占いハウスの...」
「やっぱり君か。どうした、何があったんだ?」
「あの時のお兄さん?お願い、助けて。助けて下さい。」
少女は泣いていた。嗚咽が聞こえているが、それ以上言葉が出てこない。
深く息を吸い、下腹に力を込めた。
「落ち着いて聞いてくれ。君を助けたい。俺はまずどうすれば良い?
このまま話を聞いた方が良い?それとも其処へ行った方が良い?」
嗚咽の合間に少女はようやく声を絞り出した。
「...ここに、きて、下さい。私、殺される。」
「分かった。出来るだけ早く行く。場所を教えてくれ。」
話しながらリビングに移動する。Sさんがメモ用紙と鉛筆をテーブルに置いてくれた。
パソコンで住所検索の準備をしている姫に聞こえるように、大きな声で復唱する。
「△市 大×台 5丁目 ○松アパート 202号室。」
姫が振り向いた。俺も肩越しにパソコンのモニターを確認する。
「今、場所が分かった。30分くらいで行けると思う。
着いたらドアの前から電話する。今使ってる電話の番号は?」
電話番号をメモしている間に姫はリビングを出て行った。部屋で着替えるつもりだろう。
「これから其処へ行く。俺たちが着くまで、誰が来ても絶対にドアを開けるな。分かった?」
「分かった。」

170『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:36:38 ID:LBhz3as60
 電話を切り、Sさんが持ってきてくれたポロシャツとジーンズに着替える。
「お酒、飲まなかったのはこのためね。分かってたの?」
「仕事の帰り、榊さんと一緒に占いハウスの前を通ったら
あの子の予約をキャンセルされた男が入り口で騒いでたんです。
受付の人が昨日から無断で休んでると言ってたので、ずっと嫌な予感がしてました。
もしかして今夜あたり、何かあるかもって。」
「相変わらず冴えてる。でも、今後の対応が一番大事。急いで。」 「はい。」
迷惑しているとはいえ、占いハウス側が少女の住所を簡単に教えるはずはない。
榊さんがあの男と◇山組の動きを抑えているのだから、このタイミングでの電話は
トラブルの相手が人間ではないという証拠。だからこそ姫が同行の準備をしている。
玄関へ早足で歩きながら集中力を高めていく。
「準備、完了です。」
Tシャツとジーンズに着替えた姫が、既に玄関で待っていた
プリントアウトした地図を右手に持っている。
靴を履き終わるとSさんが車のキーを渡してくれた。
マセラティのキー? そうか、本当に優しい人だ。
まだムッとする熱気の残る夜の道、俺と姫は少女の部屋を目指した。

171『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:37:48 ID:LBhz3as60
 街灯の間隔が広く暗い夜道。アパートの駐車場から少し離れた路肩に車を停めた。
もう深夜と言って良い時間。出来るだけ静かに外階段を上る。
ドアの前で電話を掛けるとすぐにドアが開いた。 「どうぞ。」
占いハウスで会った時とは別人かと思う程、少女は憔悴しきっていた。
まともに寝ていないのだろう。眼の下の濃い隈、赤く充血した白目、そして。
少女の細い首から左の顎にかけて、首を絞められたような大きな赤黒いアザがあった。
「話は後で聞く。まず髪の毛を一本頂戴。」
姫は受けとった髪の毛を人型に仕込み、それを少女に渡した。
「これをベッドに置いて、それから荷物をまとめて。
2・3日分の着替えが有れば充分、余計なものは要らない。とにかく急いで。」
少女のアパートを出たのは数分後。最後に姫がドアに触れて結界を張る。
辺りの様子に気を配りながら少女と姫を車に乗せた。俺も車に乗り、静かに車を出す。
2・3分で車は市街地の大通りに出た。お屋敷まで30分弱、慎重に車を走らせる。
バックミラーに写る少女の顔は、まだ少し怯えたように強張っていた。
「着くまで少し寝た方が良い。あんまり寝てないみたいだし。」
俺が声を掛けると、後部座席の少女は小さく頷いて眼を閉じた。
やがて小さな寝息が聞こえた。規則的で特に乱れはない。
「寝た、みたいですね。」
「一安心です。このまま寝かせておいて、話は明日聞きましょう。」

172『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:38:53 ID:LBhz3as60
 「そういえば、質問があるんです。」 「何ですか?」
「最初の電話、何故僕のケイタイにかかってきたんでしょうね。
Lさんのケイタイの番号を書いたんじゃなかったんですか?」
姫は微笑んだ。
「あの時は腹が立ってたから、自分の番号を思い出せなくて。
それで咄嗟にRさんの番号を書いたんです。」
「幾ら何でも自分のケイタイの番号を。」
「良いじゃないですか。かえってRさんの方が、話しやすかったと思いますよ。」
そうか、姫のケイタイと承知してかけてくるなら、それはただ事ではない。
覚悟をして、実際にかければ俺が出る。確かに姫より話はしやすいだろう。
おっとりしているようで、実に細やかな配慮をする人だ。
「最初からそれが、狙いだったんですね?」 「ノーコメントです。」
姫はシートベルトを外し、体を反転させて後部座席に右手を伸ばした。少女の額に触れる。
「これで大丈夫。明日まで、ゆっくり眠れます。」

173『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:45:21 ID:LBhz3as60
 翌日、朝食を食べ終えてから俺と姫はリビングに移動した。
少女はソファに寝かされている。規則正しい寝息、眼の下の隈はかなり薄くなっていた。
姫が左手をかざすと、やがて少女が目を開けた。
「目が覚めた?此処は私たちの家、だからもう大丈夫。」
少女の目から涙が溢れた。両手で顔を覆う。
「怖かった、ホントに怖かった。私...」
姫が少女の髪を撫でた。 「もう、大丈夫だから。ね。」
少女が落ち着くのを待つ間にコーヒーを淹れた。Sさんがトーストを焼いてくれる。
2人でリビングに戻ると少女はソファの上で体を起こしていた。
しかしその顔は蒼白く、生気が感じられない。2・3日、まともな食事をしていないのだろう。
これでは話どころか、いつ意識を失ってもおかしくない。
テーブルにトーストをのせた皿とコーヒーを並べる。白い湯気、良い香りが部屋を満たした。
「まずは軽い朝食、話はそれからにしよう。」 少女は頷いて、トーストに手を伸ばした。
その手が途中で止まり、ぴくりと震えた。 「あの、頂きます。」 「どうぞ。」
俺は少女の向かいに座って新聞を読んだ。Sさんと姫は翠の相手をしている。
普通の、ごく平穏な朝の風景だ。少女の首に残る大きなアザ以外は。
やはり空腹だったのだろう。少女はトースト2枚を残さず食べ、コーヒーを飲み干した。
「美味しかったです。ありがとう。」
少女の顔にかなり生気が戻っていた。これなら話をしても大丈夫だ。
姫が少女の向かいに座る。俺は姫の左隣り。Sさんはまだ翠の相手をしている。

174『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:46:23 ID:LBhz3as60
 「私はL、この『お兄さん』はRさん。そしてあの人はSさん、私とRさんのお師匠様。
昨夜も言ったけど、私たちはあなたを助けたいと思ってる。
でも、正直に話してくれないとあなたを助けられない。
だからSさんの質問には正直に答えて。分かった?」
少女が大きく頷くと、姫は席を立ち、Sさんから翠を受けとった。
Sさんが少女の向かいに腰掛ける。
「まず名前を聞かせて頂戴。」 「瑞紀です。○城瑞紀。」
「じゃあ瑞紀ちゃん、何があったか聞かせて。最初に変だなって思ったのはいつ?」
少女は俯いて少し考え込み、暫くして口を開いた。
「私カミンチュだから変な気配を感じることは当たり前なんだけど。
半月くらい前から、友達が全然一緒に遊んでくれなくなって。それが最初です。」

175『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:52:59 ID:LBhz3as60
 「2人が占いハウスに行ったのはその後ね。」
「はい。白い袋をもらいました。ケイタイの番号も。」
「袋の中身は使った?」
「はい、もらったその夜に。丁度その夜、いつもより強い気配を感じて。
それで、試しにと思ってあの紙を部屋の四隅に置いたら、気配がなくなったんです。」
「なのにどうして一昨日から占いハウスを休んだの?」
「その前の夜に、また感じたんです。いつもよりずっと強い気配。人影みたいなのも。」
「紙の配置を変えたりした?」 
「ううん、変えてません。怖くて、夜ほとんど寝られなくなりました。
外に出ようと思ったら余計に気配が強くなるし。もう、どうしようもなくて。」
「その首のアザは?」
「あの...」 少女は俯いて涙を拭ったが、暫くして顔を上げた。
「昨日の夕方、少し眠ってる間に夢を見ました。
動けない私の首に大きなヘビが巻き付いて、すごい力で。苦しくて目が覚めたらこのアザが。」
「痛みもある?」 「はい。」 「ちょっと触っても良い?」 「どうぞ。」
Sさんは右手でそっと少女のアザに触れた。

176『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 18:54:05 ID:LBhz3as60
 「どうしてそんな夢を見たのか心当たりはある?」
「ううん、全然ないです。
力が強くなったら色々なものが寄ってくるって聞いてたから、それでかなと思いました。」
「寄ってくるもの位ならあの紙で弾けるの。部屋の中まで入り込んでそのアザを残したのは
そんな生易しいものじゃない。明らかにあなた個人に向けられた呪い。」
「でも、私そんな、呪われるようなことなんて。」
「今まで占ってきた中に、トラブルの種になりそうなものは無かった?」
「浮気とか別れ話の相談はありましたけど、危ないなって思った時は曖昧に答えてたし。」
「じゃ、男の人とのトラブルは?」 少女は少し俯いた。
「あの、Rさんにあんなこと言ったのは、Rさんがとても良い人に見えたからです。
色々変なことが続いて、友達も遊んでくれなくなって。
不安で、とても淋しかったけど、この人なら相談できる。この人と一緒にいられたら大丈夫。
そんな気がして、何とかRさんと知り合いになりたかったから。
私、本土に来る前から男の人とつきあったことないです。本当です。」
「あなたは沖縄で生まれたの?」
「はい。沖縄本島の那覇市で。」
「自分がカミンチュって思ったのは何故?」
「小学生の頃に、母の生まれた集落に遊びにいったら
親戚の年寄りに『セーダカーの生まれ』って言われたんです。
中学生になったら『カミンチュだ』、『ノロになれる』って言われて、すごく嫌でした。」

177『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 19:00:04 ID:LBhz3as60
 「60年ぶりにカミンチュが生まれたって喜んでるのは親戚の年寄りだけ。
私、あの集落は好きだし、自分が力を持ってるのも気に入ってるけど、
ノロになんかなりたくない。両親もそんなことさせたくないって。
でも、しょっちゅう親戚が説得に来るんです。あの集落で私にノロの跡を継がせたいって。」
「それで沖縄から?」
「はい、両親が親戚に頼んでくれて。高校2年になる時、転校して来ました。」
「どうして占いハウスでアルバイトしようと思ったの?」
「生活費のためです。私の家、あまりお金無いから。
中学生の時、何度か友達の相談を見て上げたこともあったし、丁度良いと思って。」
「あなたの力は誰から伝わったんだと思う?」
「お祖母さん、だと思います。長い間集落のノロをしてたと聞きました。」
「父方?母方?」
「母方です。でも母には全然力が無くて、高校卒業してすぐに那覇に出たって言ってました。」
「正直に答えてくれてありがとう、大体分かった。それで、あなたが決めることが2つある。
一つはあなたの力のこと。Lから聞いたと思うけど、今みたいな半端な使い方を続けてると
この先もっと酷いことが起こる。一生その力を封じるか、それともちゃんとした訓練をした上で
これからも力を使い続けるか。力を封じるのなら、やり方を教えてあげる。」
「これからも力を使うなら、私、ノロにならなきゃいけないんですか?」
「ノロの修行も1つの方法ね。ちゃんとした先生がいるなら、だけど。」
少女は暫く俯いた。

178『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 19:01:21 ID:LBhz3as60
 「私、力を使えなくなるのは嫌です。でも、ノロになるのも嫌。
ごめんなさい、今すぐには決められない。」
「じゃあ残りの1つを先に決めて。そのアザを残した呪いを祓わないと、多分あなたは殺される。
祓い方には2つあるの。取り敢えずこの呪いだけを無効にする方法。
もう1つは呪いを掛けた本体まで辿って呪いの力を返す方法。どちらの方法が良い?
この呪いだけを無効にしても次の呪いを掛けられたら同じ事だから、
完全に解決したいのなら呪いを返して本体を断つしかない。」
「本体を断つって、私に呪いを掛けた誰かを殺すってことですか?」
「もちろんそうなることもある。半端にやればこちらの身が危ないから。」
「呪いを掛けてるのが誰だか分からないと、やっぱり決められない。」
「呪いを掛けてるのが誰だか分かったら決められる?友達とか、親戚とか。」
「それは...」 少女は俯き、顔を両手で覆った。嗚咽が漏れる。
「瑞紀ちゃん、力を使うというのは結局そういう事よ。いつも都合良く、上手くいく訳じゃない。
自分や、誰かの命を左右することもある。だから半端な気持ちで使っちゃ駄目なの。」
「私、一体どうすれば...」

179『道標(中)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/11(火) 19:02:17 ID:LBhz3as60
 「ねぇ瑞紀ちゃん、私たち明日から仕事で沖縄に旅行するの。
あなたも一緒に来て、私たちをその集落へ案内してくれない?
あなたのお祖母さんに会えたら、何か手がかりが見つかるかも知れない。」
俺と姫は思わず顔を見合わせた。姫の大学が夏休みに入ったので
どこかに旅行しようと話してはいたが、沖縄とは初耳だ。しかも明日から?
少女は顔を上げて涙を拭った。その目に微かな光が宿ったように見える。
「お願いします。あの、両親に電話しておいた方が良いですか?」
「ううん、呪いが絡んでるから、今は誰にも知らせないで。
明日、出来るだけ早くその集落に行って、お祖母さんに会いましょう。」
「分かりました。」
「じゃ決まりね。R君、飛行機のチケット、追加で予約して頂戴。レンタカーとホテルもね。」
Sさんは俺に目配せをして、優しく微笑んだ。

『道標(中)』 了

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