- 214 :『道標(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/14(金) 21:01:17 ID:Ugm8l/Kw0
- 『道標(結)』
肌を刺すような冷たい風に乗って白いものがひらひらと舞っている。初雪だ。
産婦人科での定期検診を終えてお屋敷へ帰る途中。辺りは既に薄暗い。
Sさんのお腹の子は妊娠三ヶ月目に入った。俺たちの二人目の子。
信じられないような幸せの中、俺がお屋敷で迎える4度目の冬。「瑞紀ちゃんから葉書が届いてますよ。お仕事、頑張ってるみたいですね。」
「この間電話して様子を聞いたら『すごく真面目な子』って、評判良かった。
最初の頃に比べたら字も文章もすごく上手になったし。モチベーションって、大事よね。」
Sさんは悪戯っぽく笑って俺に葉書を手渡した。
確かに、簡潔な文章で近況を報告する葉書の文字は美しかった。
「モチベーションの件は突っ込みませんよ?それよりお仕事って、
あれはSさんが親戚に頼んであの子の面倒を見て貰ってるんですよね。」
少女の給料をSさんが負担していることを、既に俺と姫は知っていた。 - 215 :『道標(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/14(金) 21:02:03 ID:Ugm8l/Kw0
- 「力を持って生まれた子は、皆13歳になったら1年間親元を離れる。
『範師』の家に預けられて礼儀作法や力と向き合う心構えを学ぶの。
1年経って術者になる事を選んだ子は裁許を受けて更に2年間、
適性に応じた術者を師として基本的な修行をする。それが一族のしきたり。
そのしきたりの半分を利用しただけ。無理に頼み込んだ訳じゃない。
範師には『子供を預かるのは久し振りだから嬉しい』って感謝されたし。
一族の子より4年遅いけど、学び始めが遅れたことは問題にならない。
一年半、一族の子と同じように基礎をしっかり鍛えて貰える、それが重要。
それに範士の家には変なものが近づくこともない。あの子も安全、一石二鳥。
単独で活動する術者の経過観察するのに比べたら、時間とお金の大幅な節約だわ。」
「本当に、力を持って生まれた子は全員、なんですか?」 この話は初めて聞いた。
「そう、でないと力を玩具にする子が出てきてしまうから。
ね、裁許を受けた日、当主様の館を案内してくれた女の子。憶えてる?」
「はい、何処かで見たような子だと思ってました。」 - 216 :『道標(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/14(金) 21:02:51 ID:Ugm8l/Kw0
- 「去年の7月、遷宮の祭礼で舞を奉納した子よ。2人のうち背の高い方。」
川の神様の...お化粧のせいですぐには分からなかったが、それで見覚えがあった訳だ。
「去年舞を奉納したってことは、今年で基本的な修行を終えて家に戻る。
最後の年に当主様の館で奉公してるなら、とても素質がある子なのね。」
「じゃあSさんとLさんも?」 「もちろん。」
「私は11歳の時からSさんに教えて貰いました。」
姫が分家から助け出されたのは何歳の時だったのだろう。
「Lさんも舞を奉納したことがあるんですか?」 「はい、何度も。」
「Lは舞が上手で評判だったのよ。一族で最高の舞手と言われてた。L、どう?」
俺が代わりに翠を抱くと、姫はすっと立ち上がった。 Sさんがひとつ手拍子を打つ。
これは。
姫は手拍子に合わせて軽やかに舞った。姿勢を高く、低く、また高く。
眼にも止まらぬ速さで回転したかと思うと跳び上がり、着地して緩やかに回転しながら蹲る。
確かにあの祭礼で見た舞だ。
そして蹲ったまま左掌を床に着けて、ぴたりと動きを止めた。
「はい、そこまで。これ以上舞うと降りてしまうかも。」 - 217 :『道標(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/14(金) 21:03:37 ID:Ugm8l/Kw0
- 俺は思いきり拍手をした。 「すごく上手でした。とても美しかったです。」
「ありがとう御座います。踊ったのは4年振りですけど、三つ子の魂百まで、ですね。」
姫の頬は少し紅潮していたが息づかいに乱れはない。すごい身体能力だ。
「降りるっていうのは、神様が降りるってことですよね?どんな感じなんですか?」
「踊っているうちに、自分が自分でなくなるような気がするんです。
視界が白っぽく霞んで、自分の心が周りの空気に溶けていくような。
そんな感じが強かった時ほど上手だって褒められました。でも、本当は、とても怖かった。
このまま自分が自分じゃなくなるんじゃないか、Sさんの所に帰れなくなるんじゃないか、
いつもそう思って。だから私、舞を奉納するのは、あまり好きじゃなかったです。」
俺の手から翠を抱き上げた姫の横顔は、どこか儚げで美しかった。 - 218 :『道標(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/14(金) 21:04:34 ID:Ugm8l/Kw0
- 『力を持って生まれた子は皆、親元を離れて1年間の修練を積む。』
それは、力を持って生まれた子が、その力故に道を誤ることがないよう、
長い長い時間をかけて練り上げられてきたしきたりなのだろう。
優れた術者を育てる前に、まず力を持つ子供の人格を鍛え上げる。
力を持っていても、それを鼻にかけることも玩具にすることもなく、子供達は育っていく。
その上で、力と向き合う覚悟をした子が、自ら術者の道を選ぶのだ。
時代の流れとはいえ、現代では陰陽道の系統の多くが
祭祀の儀礼を取り仕切る技術のみを扱うようになってしまったと聞いた。しかし、
遠い古から現代に至るまで、俺たちの一族は途切れることなく優れた術師を輩出してきた。
その理由が1つ、分かった気がする。
そして、俺がお屋敷で暮らし始めてから裁許を受けるまでに約3年を要した理由も。
Sさん、Lさんと過ごした日々の記憶が走馬燈のように甦る。 - 219 :『道標(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/14(金) 21:06:12 ID:Ugm8l/Kw0
- 基本的な訓練を受けていない俺のために、2人はそれとなく教えてくれたのだ。
何気ない日常の生活を通して。あるいはこの世のものでない存在との関わりを通して。
人として、術者として生きていくための覚悟。
以前、Sさんは俺に『あなたの資質が無いほうが、私もLもどんなにか』と言って
涙を浮かべたことがあった。今はその涙の意味が痛い程分かる。
たとえ俺に力が無く、裁許を受けられなくても、2人は俺を夫として認めてくれたろう。
俺の力を封じてしまうことも出来た筈だし、その方が2人の気は楽だったかも知れない。
でも、2人は敢えて困難な道を選んだ。
力の発現に合わせて俺の心を鍛え、少しずつ覚悟を促す。
自らの命さえ危うい事件に巻き込まれることもあったというのに、
3年間、一体どれ程の配慮と忍耐を俺のために費やしてくれたことだろう。
お陰で俺は術者としての人生を選び、裁許を受けることが出来た。
まさにそれは、2人の深い愛情と、『力』への敬意が可能にした奇跡。 - 220 :『道標(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/06/14(金) 21:07:23 ID:Ugm8l/Kw0
- 「R君、何ボンヤリしてるの。夕食、あなたが当番でしょ。」
「あ、はい。今日は腕によりをかけて美味しいもの、沢山作りますよ〜。」
「Rさん、何だかニヤニヤしてちょっと気味が悪いです。
二人目の子供の事が嬉しいのは分かりますけど、翠ちゃんの時にはそんなに。」
「いや〜僕は本当に幸運だなぁと思って。」
「今更何言ってるの。急に冷え込んだから風邪ひいて熱でもあるんじゃない?」
「熱は無いですが、心は熱いですよ。へへ、ふふふふふ。」
「本当に、熱、計った方が良いかも知れませんね。」『道標(結)』 完