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- 494 :『遺産(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/09/27(金) 21:05:00 ID:94SVkDkM0
- 『遺産(結)』
お屋敷に戻ってきた日の夜。
翠を寝かしつけた後で、Sさんは俺と姫をリビングに招集した。
いつもなら翠と一緒に寝てしまう時間だが、今夜は姫もしっかり起きている。
テーブルの上には背の高いグラスが3つ。そして白い布包みが1つ。
説明を聞くまでもなく、その中身があの箱であることが分かる。
Sさんが桃花の方様から相続した遺産、飛びきりの呪物。
包みの中から滲み出す気配が気になって何となく落ち着かない。
「さて、何から説明しようかな。何となく、緊張するわね。」
「呪いの話から始めた方が良いと思います。Rさんは何も知らないんですから。」
「そうね、じゃ、まずは順序良く。」
Sさんは炭酸水にウイスキーを数滴加えただけの極薄ハイボールを一口飲んだ。
「簡単に言うと、私たちの一族には古い呪いが掛けられてるの。
男の子が生まれると呪いの影響を受け、最悪の場合、その子は命を奪われる。
記録によれば、600年ほど前、ある依頼を通して関わった事件が呪いの源。
一族の生業からして、そういう恨みを買うこともあり得る。仕方ないわよね。」
何となく、分かる。術者に恨みを抱いた何者かが、一族を根絶やしにするために
家の世嗣となる男の子を対象にした呪いを掛けたのだろう。
古い伝承には時折見られるモチーフだし、それに起因するしきたりが残る地域もある。
ただ、600年経ってもこの呪いの力は衰えず、その一方で一族は現在も命脈を保っている。
それならば、その呪いに対抗する方法があるということだ。つまり、あの箱の中身は。
「相続した遺産は、その呪いに対抗するための呪物ということですか?」 - 495 :『遺産(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/09/27(金) 21:07:26 ID:94SVkDkM0
- 「相変わらず冴えてるわね。ほとんど正解。
でも、これは呪物じゃ無くて祭具。まあ、突き詰めれば両者の線引きは難しいし、
これに関しては間違うのも無理はない。元々は別の目的で使うものだし。」
「御免なさい。何て言うか、感じる気配が尋常じゃない気がして。」
「強力な呪いに対抗するのだから、尋常じゃ無い力は当然。
ただ、普通は出産後に幾つかの儀式を行うだけで充分、これを使う必要はない。」
Sさんは一旦言葉を切って白い包みを見つめた。小さく溜息をつく。
「呪いの影響を最も強く受けるのは、当主様の子か孫として生まれた男の子。」
つまり、Sさんのお腹の子が男の子なら呪いの影響を強く受ける。しかし何故。
「かなり前の時代から、当主様は世襲ではないんですよね。
なのにどうして当主様の子か孫として生まれた男の子が強い影響を受けるんですか?」
「呪いが掛けられた当時は世襲だったからよ。
普通、一度成立した呪いはその対象を変更出来ない。」
呪いの対象が変更出来ないのなら、『次の当主になる運命の男の子』は一応安全だ。
しかし『力』が血縁を通じて遺伝する以上、当主様の子と孫を危険にさらすのでは
将来の優秀な術者を失いかねない。まして現在、一族は少子化の影響を受けている。
性別に関わらず、生まれた子は絶対に失いたくない筈だ。
自分でも不思議だが、
この時、俺には『自分の子を失うかも知れない』という危機感が全く無かった。
もし翠を失ったらと想像するだけでパニックになりかけるというのに。
多分それは、あの箱の中身の役割を知っていたからだ。その呪いに対抗する強力な祭具。 - 496 :『遺産(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/09/27(金) 21:16:12 ID:94SVkDkM0
- 「それで、その箱の中身は、どうやってその呪いに対抗するんですか?」
Sさんは黙って白い包みを解き、小さな木の箱を取り出した。
材質は桐?一辺が10cm程の立方体。
「その呪いにはかなり複雑な方法が使われていて、未だ解くことは出来ていない。
根本的な解決が出来ない以上、呪いの力を逸らすしかない。
そのために使われるのがこれ。代々受け継がれてきた『遺産』。」
白く細い指が箱の蓋をゆっくりと開けた。
箱の中には真っ赤な液体が満ちていた、それはゆっくりと溢れて、箱の中から流れ出す。
箱の木の肌が、そして白い布が、見る間に赤く染まっていく。
いや、そんな筈は無い。木の箱に液体、しかも溢れ出るなんて...瞬きをして目を擦る。
やはり、白い布に小さな木の箱が乗っているだけだ。見間違い?
「見間違いじゃない。ある神様の『血』が、これに封じられた『力』の源。」
Sさんは優しく微笑み、箱の中からそれを取りだした。
赤い、宝石? 直径3cm程のドーナツ型。
赤さんごを思わせる鮮やかで深い色。滑らかな質感。艶やかな光沢。
石だとすれば、これは恐らく『璧(へき)』の一種だ。完璧という言葉の語源、環状の宝玉。 - 497 :『遺産(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/09/27(金) 21:28:00 ID:94SVkDkM0
- 「当初作られたのは4個と言われているけれど、現存しているのは3個。
呪いが掛けられた後は、代々、桃花の方様とその娘が相続してきた宝玉、璧。
この璧の号は『真紅』。」
Sさんは左手で宝玉を取り、右手の中指に嵌めた。大きめの指輪に見えないこともない。
そして、中指から外した宝玉を掌に載せて姫に差し出した。
「Lも実際に見るのは初めてでしょ。触ってみる?」
姫は頷いて宝玉を受けとった。それを右の手首に...え?
まるで当たり前のように、深紅の宝玉が姫の手首で輝いている。
「何故、指輪が腕輪に?」
「『大きさ』は決まっていないんです。きっと、足に嵌めることも出来ますよ。」
「実際、男の子が生まれたら足首に嵌めることが多いみたいね。」
Sさんは姫から受けとった宝玉を白い布の上に戻した。
「R君も触ってみたい?」 悪戯っぽい笑顔。
しかしそれは、俺が触ってはいけないもの。何故かそんな気がした。
「いいえ、遠慮しておきます。触ってはいけないような気がするので。」
Sさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そう、残念ね。どうなるのか、ちょっと見てみたいけれど。」
「試して貰うなら、『力』をちゃんと説明してからでないと。」 姫も笑いを堪えている。
そうだ、未だこの宝玉の『力』を聞いていない。
「その宝玉で、どうやって呪いを逸らすんですか?」
「生まれた子が女の子なら、呪いは発動しない。それなら、
生まれた子が女の子だということに出来れば、呪いの発動を止められる。
そのためにこれを使うの。これを身に付けている間、その子は誰が見ても女の子。
元々これは、ある種の祭祀で神官が女装する時に使われていたもの。
本当に女になるのだから、女装というのは変だけれど。」 - 498 :『遺産(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/09/27(金) 21:30:02 ID:94SVkDkM0
- 「しかし、ずっと女の子として育てる訳にはいきませんよね?」
「生まれてから7日間欺くことができれば、もう呪いは発動しない。
その後はこれを外して育てても大丈夫。ただし、問題が2つ。」
これ程強力な祭具を、生まれたばかりの赤子に使うのだから、問題が有って当然だろう。
「どんな、問題ですか?」
「7日が過ぎたら、なるべく早く縁の神様にお参りして、
生まれたのは男の子だと報告してからこれを外さなければならない。
7日を過ぎてもこれを嵌めたままでいると、戻れなくなると言われてるの。
でも、7日が過ぎたら退院して、そうね、あの川の神様に男の子だと報告してから
これを外せば良い。だからこれは大した問題じゃない。」
「もう1つの問題は大したこと、なんですね?」
「大したことっていうより、ややこしい問題。L、何だか分かる?」
「子供が生まれてからこれを嵌めるまでをどうするか、だと思います。」
「そう、正解。」 「どういう事ですか?」
「もし男の子なら、当然これを使うことになる。
でも、これを使う前は男の子に見える訳だから、
誰かが『可愛い男の子ですよ』って言ったら、その時点で呪いが発動してしまう。
先代の桃花の方さまは、あのお屋敷でご出産なされたから、
その対策はわりと楽だったと聞いたけど。」 - 499 :『遺産(結)』 ◆iF1EyBLnoU:2013/09/27(金) 21:31:28 ID:94SVkDkM0
- そうか、Sさんは翠を産んだのと同じ病院で出産する予定だ。
あらかじめO川先生や看護師さんたちに事情を説明し、協力して貰わなければならない。
一族に産婦人科医がいれば、お屋敷で出産することも不可能では無い。
看護師さんの数も限られるし、その方が対策は確かに楽だろう。
しかし出産時に何か事故があった場合、施設の整った病院でなければ
対応出来ない事もある。敢えてお屋敷で出産するリスクは冒したくない。
「O川先生と看護師さんたちに口裏を合わせて貰う必要がある、ということですね?」
「そう、たとえこれを使っていても、7日が過ぎるまでの間『男の子』は禁句。
もし誰かが口を滑らせたら、全てが水の泡。でも大丈夫。私、必ずこの子を守る。」
Sさんは微笑んで、両掌をそっとお腹に当てた。
嫌な予感がする。失敗すれば、折角生まれてくる我が子を失う。
その実感がじわりと重くのしかかってきた。
しかしSさんは普段通り自信に満ちている。もしかしてSさんは。
「これを使わずに守る方法があるんですか?例えば、その、『禁呪』とか。」
「いいえ、これを使うしか方法は無い。だからみんなに協力して貰わないとね。」
「Sさん、私、全力で手伝います。絶対大丈夫ですよ。」 「ありがと。」『遺産(結)』 完