邂逅(上)

87『邂逅』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/22(土) 23:57:57 ID:vQNQu97I0
『邂逅(上)』

 「今日、昼前に『上』から連絡が有ったわ。
紫が受けた依頼の件、どんな経緯で持ち込まれたのか判明したみたい。
やっぱり、分家の術者が関わってた。本家に対して特に強い敵対意識を持つ術者たち。
Lの件、対策班の働きでかなり人数は減った筈なんだけど、まだ力が残ってたのね。
まずはその説明を聞いて貰ってから、この件について依頼したい仕事があるって。」

88『邂逅』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/23(日) 00:00:57 ID:SuB2p21U0
 深夜のリビングに、すうっと冷たい風が吹いたような気がした。とうとう来た、この時が。
紫さんと炎さんの事件、経緯が解明されれば、後の対応が必要になるのは予想出来た。
そして事件の規模と深刻さから考えて、事件に分家の術者たちが関わっていることも。
「Sさん、その仕事、私が受けます。」 姫は真っ直ぐにSさんを見つめた。
紫さんと姫の関係を考えれば、姫がこの件に関わりたいという思う気持ちは理解出来る。
Sさんは窓の外を眺めて小さく溜息をついた。
「そうね。Lはきっとそう言うと、思ってたわ。
それに、この仕事、『上』からは是非LとR君に受けて欲しいと指名されてるの。
R君、どう?Lと一緒にこの仕事、受けてもらえる?」
俺の気持ち、というより姫の気持ち。姫が受けるというなら俺もそれで決定。
第一、この仕事を姫1人に任せる訳にはいかない。むしろ、望むところだ。
それに、分家の動きが分からない現状では、
この仕事をしている間、翠と藍を託すとしたらSさんしかいない。
いくらこのお屋敷でも、『あれ』のような存在に対して結界の役割を果たすかどうか。
一番強い力で護るのでなければ、もしもの時に悔いが残る。
一番強い力。それは姫でも、当然俺でもなく、Sさん。それしかない。
「もちろんです。その間、翠と藍を宜しくお願いします。」
「大丈夫、翠と藍は任せて。」

89『邂逅(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/23(日) 00:03:37 ID:SuB2p21U0
 「紫の受けた依頼、切っ掛けはあるTV局に持ち込まれた映像でした。
その映像が持ち込まれた部署のプロデューサーが一族の者だったので、
その映像が『上』に渡った訳です。勿論、一族の者がいる事を事前に調べた上で
そのTV局に映像を持ち込んだんでしょうね。見事に騙されました。大失態です。」
遍さんは苦虫を噛み潰したような表情で言葉を切り、窓の外を見つめた。
中庭に面した窓から爽やかな風が吹き込んでくる。
当主様の館、スズキの調査の件で相談した時と同じ小さな部屋。
恐らくこの部屋は、遍さんの執務室なのだろう。
部屋に満ちた重い沈黙を破り、姫が口を開いた。
「一体どういう口実で、その映像をTV局に持ち込んだんでしょうか?」
「鑑定のためです。その映像が本物かどうか?と。
話を進める前に、LさまとRさんにも件の映像を見て頂きましょう。」
遍さんはテーブルの上にあった封筒の中から小さなディスクを取り出した。DVD?
壁の大きなプラズマディスプレイ、その下に設置された機器にディスクをセットする。
数秒後、その映像が再生された。

90『邂逅(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/23(日) 00:06:54 ID:SuB2p21U0
 画面の下半分はテーブル、その向こう側に座っている人物。
恐らく男性だ。灰色っぽい着物を着て、胸から下だけが見えている。
「私の力が見たい。つまり、そういうことですね?」 「はい、是非見せて頂きたいです。」
「良いでしょう。あなたのような信者に脱会されると一大事だ。」
着物の人物がテーブルの下から白い紙を取り出した。テーブルの上に置く、そして。
右手に持っている鋏、この形には見覚えがある。
付喪神の一件でSさんが引き取ったものと同じ形、術者が代や護符を切り出すための鋏だ。
着物の人物は器用に鋏を使い、人型を切り出してゆく。二枚、三枚、四枚。
そして蝶を二片、大きさはモンシロチョウほど。Sさんが切り出すものよりもかなり小さい。
「では、御覧に入れましょう。手品でないかどうか、良く見ていて下さい。」
着物の人物が左手で人型を一枚取り、それを右掌に置いた...これは。
人型が掌の上でゆらゆらと動いている。まるで踊っているかのように。
右手をテーブルに近づけると、人型は掌からテーブルの上に移って踊り続けた。
着物の人物は次々に掌で人型を踊らせ、テーブルの上に移していく。
次に紙の蝶を左掌に乗せた。投げ上げる、しかし蝶は落ちてこない。
おそらく撮影者のものだろう。深く息を吐くような、感嘆の声。
「如何ですか?ビデオにも映っているはず、手品などではありませんよ。」
確かに、映像として残っている訳だから、幻視を見せられている訳ではない。
「はい、驚きました。確かに手品などではありませんね。」
撮影者と思われる男性の声が聞こえたあと、画面を白い蝶がひらひらと横切る。
その直後、唐突に映像は途切れた。

91『邂逅(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/23(日) 00:10:54 ID:SuB2p21U0
 「この映像には興味深い点、というか、見逃せない点が2つあります。」
「あの鋏、ですか?あれは、術者が使うものですよね?」
「Rさんもこの鋏をご存じでしたか。確かに鋏も珍しいのですが...此処です。」
遍さんは巻き戻していた映像をコマ送りにし、人型が大写しになった場面で一時停止した。
「これは、分家の術者が作る人型です。」 姫の声は少し緊張していた。
「その通り。つまり着物の人物は分家の術者。そしてもう1つ。Rさん、気付きましたか?」
「いいえ、全然。」 あの鋏と人型の特徴、それ以外にも何か。
「術者の薬指ですね?左手の薬指。」
「さすがにLさま。『上』でもこれが一番の問題になりました。」
映像がスロー再生される。術者の左手がもう一枚の人型を取った場面。
何故、気付かなかった?
人物の左手、薬指。第2関節から先が紫色に変色している。
壊死しかかっているようにも見えるが、その動きには特に異状がない。

92『邂逅(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/23(日) 00:14:23 ID:SuB2p21U0
 「これは邪な契約の印。この薬指から力が流れ込みます。契約した邪悪な存在からの力。
分家の術者、そして邪な契約の印。当然放っておく訳にはいきません。
『上』はこの映像を持ち込んだ人物に連絡を取りました。詳しい話を聞くために。その人物は、
『ある新興宗教に入信しているが脱会したい。しかし脱会する話をすると遠回しに脅される。
教祖の力が本物なら怖ろしいから脱会の手助けをして欲しい。』そう、話したそうです。」
「それが、紫さんが受けた依頼なんですね?」
「そうです。Lさまの一件で、『対策班』は分家の術者を2人殺害しました。
分家の中でも、本家に対する敵対意識が特に強く、過激な思想を持つ一派の術者です。
Lさまの件でその一派は優秀な術者を失い、弱体化した筈でした。
しかし、邪な契約を使って術者の力を強化しているのなら、
何かしらの計画を立てているということ。当然何としてもその計画を知らねばならない。
其処に、つけこまれた訳です。まさか本家の術者を呼び寄せるための芝居だったとは。」

93『邂逅(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/23(日) 00:17:21 ID:SuB2p21U0
 遍さんは外した眼鏡をハンカチで拭った。心を静めているのだろう。
俺の心も乱れていた。遠く、辛い記憶。 『あの人』の声、握りしめた手の温もり。
「殺害した2人の術者の内1人がKさん、なんですね?」
姫の中に仕込まれていた術を解き、俺の腕の中で息を引き取った『あの人』。
理屈では分かっている。あの時はそうするしかなかった。姫のために、一族のために。
しかし、『上』がKを殺したことに対して、俺の心の中からわだかまりが消えたことはない。
「いいえ、対策班はKを殺していません。
もちろん『抵抗するなら殺害せよ』という指示は出ていましたが。」
『上』はKを殺していない。それが本当なら、一体誰が?
「あの日、あるビルに対策班が踏み込んで、交戦の末、分家の術者を2人殺害しました。
その後、奥の小部屋でKの遺体を発見したんです。
対策班の指揮を取ったのは炎ですから、報告の内容は正確だと思いますよ。」
遍さんは立ち上がり、部屋の隅にある保管庫から資料の束を取って戻ってきた。
「これが炎の報告書。それと...これです。」
緑色の封筒から取り出した数枚の写真。それを手渡され、俺は思わず息を呑んだ。
透き通るような白い肌、形の良い乳房。そして乳房のすぐ下をえぐる、深く長い傷。
写真に写っていたのは左胸の部分だけだったが、間違いない。『あの人』だ。
その肌に触れた感触が右掌に蘇り、同時に怒りに似た激しい感情が湧き上がる。

94『邂逅(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/23(日) 00:20:29 ID:SuB2p21U0
 『あの人』は、死後、その裸身を人目に晒さねばならなかったのか。どうして、こんな。
思わずその写真をテーブルに伏せた。誰にも、その姿を見せたくなかった。
姫がそっと左手を俺の右手に重ねた。その手に力がこもる。
「心中お察しします。Kが息を引き取った時の状況はSさまから聞いていますから。
しかし、検死の重要性はRさんにも理解してもらえると思います。
また、『上』としても彼女の遺体には出来る限りの礼を尽くしました。
検死をし、遺体を清めたのは女性の術者たちです。
その後、彼女の遺体は聖域内の墓地に、それは丁重に葬られました。
Lさまに掛けられていた術を解いた功労者、偉大な術者ですからね。」
「聖域内の墓地、ということは。」
「はい。当主さまが自らKの叙勲と名誉の回復を宣言なさいました。
ですから我々にとって彼女は既に本家の人間です。分家の人間ではありません。」
翠が生まれた日、俺とSさんの前に現れたKは穏やかな笑顔を浮かべていた。
叙勲を受け、本家への復帰が認められた事は、少しでもその魂の慰めになっていただろうか。
「『上』でないなら、Kを殺したのは分家の術者ということになりますね?」
「はい。それ以外には考えられません。」
「しかし、Kさんほどの力を持った術者がそんな簡単に。」
「結界の影響を受けにくい武器もあると聞いています。それに。」
遍さんは言葉を切り、気遣うような視線を俺に向けた。
「KはLさまの術を解いた直後に襲われたんでしょう。だから対応が遅れた。
恐らく、Lさまに仕込まれていた術の代を持ち出した事に気付かれた。それで。」

95『邂逅(上)』 ◆iF1EyBLnoU:2014/03/23(日) 00:25:35 ID:SuB2p21U0
 頭を思い切り、殴られたような気がした。 視界が白く霞む。
そうだったのか。 なのに、一言も言わなかった。 『あの人』は、それを、ただの一言も。
俺は彼女に『姫の術を解いてくれ。』と頼んだ。 『君なら姫の辛さが分かる筈だ。』と。
彼女は何の見返りも求めずにその望みを叶え、そして。これでは俺が彼女を。
いや、違う。もし彼女が術を解いてくれなければ姫は助からなかった。
もちろん術を解かずにいたら、分家の術者に復讐されることは無かっただろう。
しかし、それでは彼女は対策班と...しかも、その憎しみは解けないまま『不幸の輪廻』に。
『ちゃんと、あの娘を守って、愛して、あげて。』 あの時、彼女は笑顔でそう言った。
姫を助ける事で、自分には許されなかった女性としての生き方や夢を、姫に託したのだ。
そして、Sさんは姫を助けた『あの人』の恩に報いるために、『禁呪の中の禁呪』を使った。
記憶は完全に封印されても、俺の娘として彼女は生きている。翠、『あの人』の生まれ変わり。
さればよし。翠を溺愛し、力の全てを注いで守り育てることこそが、俺の贖罪だ。
そしてそのためには俺たち家族が、そしてこの一族がしっかりと存続し続けなければならない。
涙を拭い、深く息を吸った。

 「大事な事を教えて頂き、感謝します。しかし、もう、昔話は止めましょう。
今、僕とLさんに出来ること。今回の件に関する依頼の内容を、教えて下さい。」

『邂逅(上)』 了

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